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フェスピック競技大会

主催

 フェスピック連盟、大会組織委員会
 
 大会の経緯

日本が参加してきたパラリンピック以外の国際的総合大会にフェスピック大会(旧極東・南太平洋身体障害者スポーツ大会:Far East and South Pacific Games Federation for the Disabled)があります。この大会は極東・南太平洋地域の身体障害者のスポ−ツ大会として日本の呼び掛けで生まれました。チャンピオンスポ−ツを目指すパラリンピックとは異なり、フェスピック圏の国々に対する障害者スポ−ツの振興やスポーツを通じての社会参加を重要な目的のひとつとしていました。【事務局:社会福祉法人太陽の家(大分県)】

1999年のバンコク大会、2002年の釜山大会では、IPCの公認を受けることになり、柔道やシッテイングバレーボールでは1位の選手・チームがパラリンピックの出場権を得るなど、フェスピック大会が開発国へのスポ−ツ振興を目指すのかエリ−トスポ−ツを目指すのか、今後の大会のあり方が問われる大会となりました。" 
2002年釜山大会時に開催された総会で、本来の対象地域であった極東・南太平洋地域以外からも、加盟を希望する国を全て受け入れることが決定され、名称もフェスピック連盟(FESPIC Federation)と改称されました。

2006年11月には、2006年マレーシアのクアラ・ルンプールで開催される第9回フェスピック競技大会後、アジアパラリンピック評議会とフェスピック連盟が合併し、「アジアパラリンピック委員会」となることについて、それぞれの総会で合意しました。また、2006年の第9回フェスピック大会後の地域大会は、「第10回アジアパラ競技大会」として、大会回数が踏襲されることになっています。

●実施概要(開催は夏季パラリンピックの中間年が原則)

開催年

開催都市

参加国数

参加人数

日本選手数

1 1975  日本(大分・別府) 18 973 542
2 1977  オーストラリア(パラマッタ) 16 430 25
3 1982  香港(シャティン) 23 744 37
4 1986  インドネシア(スラカルタ) 19 834 46
5 1989  日本(神戸) 41 1,646 586
6 1994  中国(北京) 42 2,081 87
7 1999  タイ(バンコク) 34 2,258 99
8 2002  韓国(ブサン) 40 2,199 131
9 2006  マレーシア(クアラルンプール) 46 3,641 162
 
クアラルンプール大会 日本選手団派遣概要