埼玉大学 長田健教授 -日本の金融業界におけるデジタル化の現状と課題-

埼玉大学 長田健教授に独自インタビュー

「日本はデジタル化が遅れている」という言葉を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。しかし、近年の金融業界では、技術の発展により様々な変化が生じつつあるのです。

そこでこの記事では、埼玉大学の長田健教授に日本の金融業界におけるデジタル化の現状や課題についてお話を伺いました。

独自インタビューにご協力いただいた方
長田健教授

埼玉大学 人文社会科学研究科 経済学部
長田 健(おさだ たけし)教授

1980年山梨県生まれ。2004年一橋大学商学部卒業後、2009年一橋大学商学研究科単位取得満期退学。2011年に一橋大学より商学博士号を取得。

2008年の日本学術振興会特別研究員、2010年に一橋大学商学研究科特任講師に就任。その後2011年西武文理大学サービス経営学部専任講師、2015年埼玉大学人文社会学研究科・経済学部准教授を経て現職。

この間、オーストラリア国立大学クロスフォード経済政府研究所、国際通貨基金(IMF)、シンガポール国立大学にて客員研究員・客員教授を務める。

専門は銀行論、金融。

主な著書・論文(共著・編著含む)として“Financial Digitalization and Its Implications for ASEAN+3 Regional Financial Stability”(共著:Asian Development Bank, 2023)。『日本金融の誤解と誤算: 通説を疑い検証する』共編著、勁草書房、2020年。「資本注入政策のキャピタル・クランチ促進効果」(金融経済研究,2010)など。

目次

日本の金融業界におけるデジタル化の現状

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:まず初めに、日本の金融業界と他国の金融業界におけるデジタル化の差について簡単に教えていただけますか?

長田教授:そもそも、日本はデジタル化が遅れているということを良く言われていますが、とてつもなく致命的に遅れているというわけではありません。

今までの日本の金融ビジネス・金融業界が便利すぎたから、最近のスマートフォンを中心としたデジタル化に乗り遅れたというのが正しい理解かと思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:「便利すぎた」というと、具体的にどういうことなのでしょうか?

長田教授:例えば、僕が10数年前にオーストラリアに住んでいたとき、当時のオーストラリアのATMは自分でお金を入れて、その金額を自己申告する必要がありました。

それは僕にとってかなり驚きだったんです。日本の場合だと、ATMにお金を入れるとすぐに機械が数えてくれて、誤差がないかを確認してくれます。

一方、おそらく当時のオーストラリアは現金を機械に入れて自己申告した後に、人間がもう一度金額を確認し、それで帳簿に付ける(コンピューターに入力する)ということをやっていたと思います。

このように、10年くらい前の日本というのは非常にいろいろなところで機械化が進んでいて便利だったので、その便利すぎたがゆえに今風のデジタル化を急いで導入する必要がなかったのではないかと思っています。

その結果、いま世界中で起こっているスマートフォンを中心とするデジタル化に乗り遅れてしまっているのではないでしょうか。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:世界中でスマートフォンを中心とするデジタル化が進んでいるというお話でしたが、実際どのようにデジタル化は進んでいるのでしょうか?

長田教授:例えば、僕が今住んでいるシンガポールでは、基本的にほぼすべてのお店で現金を使わずに決済することができます。それは近所の八百屋も同様で、基本的にはQRコード決済ができて、本当に現金を使う機会がないのです。

編集部さんは実際、日常生活で現金を使われることはありますか?

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:そうですね。スーパーでの支払い時などに結構使っています。プリペイドカードなどは使い分けが大変なので、どこでも通用する現金の方が個人的には使いやすいです。

長田教授:なるほど。私たちの日常生活で現金を未だに多く使っているという意味では、日本は非常にデジタル決済が遅れていると言えます。

ただし、最初に「日本は便利すぎた」というお話をしましたが、銀行業全体のデジタル化自体はずいぶん前から進んでいるのです。

例えば大きな企業がある企業に支払いをする時、現金を使うなんてことは日本ではあり得ません。基本的には、銀行のシステム上でお金を送りあっていたんです。

このように、日本の企業向けの決済というものは非常にデジタル化が進んでいるのですが、個人向けの決済はまだまだ遅れているのかなと思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:個人向けの決済が遅れている理由としてはどういったものが挙げられるのでしょうか?

長田教授:1つは現金が便利すぎるということでしょう。

日本は現金を持ち歩いていても盗まれる可能性は低いですし、治安も良い国です。よく「治安の悪い国では自動販売機は作れない」と言いますが、日本では数多くの自動販売機を見かけますよね。

また、ATMの話にも合ったように、日本ではどんなお札でも基本的に識別してくれます。そういった意味では、現金の便利さが大きな理由となるのではないかと思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:確かに現金の持ち歩きやすさはあると思います。そういった便利さを含めても、デジタル決済にするメリットというのはあるのでしょうか?

長田教授:個人間でお金のやり取りをする時は、デジタル化が進んだ国の方が非常に便利だと思います。

例えば、飲み会の時にどうやってお金を集めていますか?

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:PayPay送金などが多いと思います。

長田教授:そうですよね。もし相手がPayPayを使っていなかったら現金の方も多いでしょう。

これもシンガポールの例にはなりますが、シンガポールの場合は銀行口座を持っている人であればみんな共通して「PayNow」というシステムを使うことができます。

このシステムを使えば、振り込んで欲しい人の電話番号さえ教えてくれれば簡単に送金することができるのです。どこの銀行であろうとできるので、非常に便利だと思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:それは確かに便利ですね!

長田教授:一方、日本のデジタル決済は面倒くさいことも多くあります。例えば、PayPayやLINEPayといった○○Payが乱立していて、それを統一で使うことができないんです。

僕が学生と飲み会をする時は、代表の子がLINEPayを使っているので、LINEPayか現金で集金しています。そうすると、LINEPayを使っていない人が不便になってしまいます。

基本的にデジタル化が進んでいる国の1つの特徴としては、何かベースとなる共通のプラットフォームがあるので、それは日本ももう少し進めていっても良いのかなと思います。

今後の日本の金融業界におけるデジタル化はどう進んでいくのか

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:日本の金融サービスは便利だけれどデジタル化が遅れているというお話でしたが、そういった課題を解決するために金融業界に求められていることはあるのでしょうか?

長田教授:金融業界が今からデジタル化していく、といった時には3つのケースが考えられます。

1つは、既存の金融機関(銀行など)がデジタル化を推進するケース。もう1つは、非金融業が金融業に参入してデジタル化が進展するケース。

最後に、金融機関が非金融業と協力しながらデジタル化を進めていく、つまり自分自身は革新的なデジタル化は進めないけれど、LINEなどの企業と組んでデジタル化していくケースです。

この3つに分かれるだろうと思った時に、日本の場合は金融機関が非金融業と協力してデジタル化していくケースが現実的だろうと思います。

そうしたときに、今の銀行業界がどうすれば良いのかというと、世界の金融がどうなっているのかアンテナをきちんと張って情報収集をすることがとても重要だと思っています。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:情報収集というと、特にどのような点に注目するべきなのでしょうか?

長田教授:実際に自分の国の金融サービスと他国の金融サービスはどう違うのか、どのような形でデジタル化が進んでいるのかという点です。

面白いなと思った事例の1つとして挙げられるのが、石川県の北國銀行が今度ケニアに進出する予定があるということです。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:なぜケニアなのでしょうか?

長田教授:実は、ケニアは金融デジタル化の発祥の地の1つでもあるんです。

日本でデジタル化が進まない理由は便利すぎたから、つまり既存の銀行サービスや現金で十分にやってきたからというものでした。しかし、世界中、特に発展途上国などは特に銀行サービスが使えないという人たちがたくさんいます。

例えば、ケニアに関わらず昔のアフリカ諸国では、都会に出稼ぎに行ってお金を実家に送るとき、お金をキャッシュで貯めて休みの時に自分で運ぶしかありませんでした。

そんな時に、2007年から「M-Pesa」というモバイル送金サービスがケニアで始まりました。それ以来、ケニアはアフリカにおけるフィンテックの中心になったのです。

ここまでを踏まえて、なぜ北國銀行がケニアに進出するかというといろいろな理由があると思います。その中の1つとして挙げられるのは、世界のデジタル化、金融の現状を知ろうとしているのではないかということです。

実際、ケニアに行けば成功するかどうかは誰にもわかりません。しかし、他の銀行に比べてそういった情報を得ようとする試みはおそらく無駄にはならないと思います。

従来の日本の銀行というと、銀行員か公務員かと言われるくらい安定したビジネスで、チャレンジングなことをしなくて良かったはずです。

しかし、今からはチャレンジングなことをしていかないと、おそらく世界のデジタル化の波に飲み込まれてついていけなくなってしまうのではないかとも思っています。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:世界のデジタル化を知ることは、これから日本の金融業界が進化していく中で欠かせないものなのですね!

ただ、デジタル化と聞くとセキュリティの問題が気になる方も多いと思います。実際、長田様がシンガポールに住まれている中でセキュリティ問題が起きたことはあるのでしょうか?

長田教授:僕自身はセキュリティ問題にあったことはありませんが、デジタル化によるセキュリティ問題は本当に大きな課題になっています。実際、日本の金融庁などでもデジタル化が進んだ結果として起こった問題などをホームページ上で公開しているのです。

シンガポールでも、商品を注文して届けられるのを待っている時、郵便局からショートメッセージで「商品の配達が滞っているから急いで届けてほしいなら手続きをしてくれ」というメッセージが送られてきた事例もあります。

実際、このメッセージをシンガポールポストという郵便局に問い合わせてみたらそんなサービスは行われていないということが分かりました。いろいろなことがデジタル化できる以上、それを悪用する人もたくさんいるので同じようなことは世界中で起こっているのです。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:確かにデジタル化が進む以上、セキュリティ問題とは常に向き合っていく必要がありますね。

長田教授:ただ、デジタル化しない方が良いのかと問われると、それは間違いだとも思います。

例えば、自動車は人を殺してしまう可能性があるから乗らない方が良いのかと聞かれたら、決してそうではありません。

デジタル化も同様に、絶対に避けては通れない道です。では、どのようにしてセキュリティ対策をするかと聞かれたら、政府による規制ももちろんですが、パスワードを適切に管理したり、多要素認証を行ったりすることが必要になるでしょう。

他にも、変なアプリを入れないようにするなど、自己防衛をしっかりとすることで大きな被害は避けられるように思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:そうですね。使用する本人のネットリテラシーもより重要になっていくと思います。

金融のデジタル化と人材問題

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:金融のデジタル化を進めるためには、デジタルに関する知識がある人が必要になってくるかと思います。今後の金融業界における人材募集では、もっとデジタルに強い人が注目されていくのでしょうか?

長田教授:もちろんです。例えば、シンガポールではDBS銀行というとても大きな銀行があります。このDBS銀行は約10年前から改革を始めているのですが、銀行員の半分以上はデジタル人材となっているのです。

実際、日本のメガバンクもどんどんデジタル化してデジタル人材を集めていますが、メガバンクと比較してもDBSの方がデジタルに関する投資の桁が一桁違っていて「DBSには勝てない」と言っているメガバンクの方に会ったことがあります。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:一桁も違うんですね!

長田教授:はい。銀行の規模としては日本のメガバンクである三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行などの方がDBSよりはるかに大きいのに、デジタルに対する投資額はDBSの方が断トツに多いと言われているのです。

本当にこれからデジタル化を進めていこうと考えるなら、多くのデジタル人材を集めて、なおかつデジタルのプロジェクトにどんどんお金を投資していく必要があるでしょう。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:そうですよね。デジタル人材の確保は非常に重要だと思います。ただ、現在の日本においてデジタル人材を確保するのは結構難しいことなのではないでしょうか?

長田教授:そうですね。銀行業に限らず、世界中の産業がデジタル人材を欲しがっているので、それの奪い合いが激しくなっていると思います。

先ほどDBSは銀行員の半分以上がデジタル人材だとお話ししましたが、それはシンガポールが英語圏であることが大きな要因であると思います。

例えば、シンガポールでデジタル人材を確保したい場合、シンガポール自体は非常に規模が小さいのでインドなどから人を確保することになります。

特にインドではデジタル化が進んでいるので、シンガポール国内で雇わなくてもインドで子会社を作ることでプログラミングなどをさせることができるのです。

このように、シンガポールではすべて英語でコミュニケーションが取れるし、システムも英語で作ればいいので世界中でデジタル人材と雇用関係を結ぶことができます。

一方、日本は労働人口が減っているので、日本語ができてシステムも作れる人はかなり希少価値が高まっています。しかし、希少価値が高い人材を奪い合ったって仕方ありません。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:では、日本でデジタル人材を確保するためにはどうすれば良いのでしょうか?

長田教授:デジタル化というものを考える時に避けて通れないのは英語化、つまり外国人材を使うにはどうすれば良いかということです。

ただ、これもデジタル化が進めば克服できる問題であるとも思います。今は翻訳アプリやチャットGPTなど、様々な新しいテクノロジーがあるので、語学力の壁は昔以上に低いはずです。

そういったものをうまく使って、外国人材をどうにか活用できないかと考えれば、良いアイデアはいくらでも生まれるのではないでしょうか。

結局、日本の銀行は母体が日本語なので、システムを英語だけで作るわけにはいきません。そういった日本語への対応は手間ですが、そこをどう克服していくのか、どうデジタルを活用していくのかを考えていくことは、ハードルが低くなっているはずです。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:言語圏の違いは大きな差を生むのですね。

海外人材の活用というお話もありましたが、やはり日本の大学生も今後デジタル人材として活躍することが求められているのでしょうか?

長田教授:そうでしょうね。また、これからデジタルのことが分からないと困る時代が来ると思うので、それを活用する教育が大学側には求められていると思います。

ただ、パソコンが普及している中でプログラミングやデータ分析などは、そこまでハードルが高いものではなくなりつつあります。そのため、そこまで大学が一生懸命にデジタル学部などを設立してデジタル人材を作る必要はないと個人的に思っているんです。

それよりも、文系の大学の教員として思うのは文系の学問の面白さ、例えば歴史や法律、制度など、それらを軽視してまでデジタルに振り切れる必要は全くないということです。

これからの時代、放っておいても絶対にデジタル技術を使わざるを得なくなります。大学として求められているのは、デジタルに関する教育を取り入れつつも、本来の学問の基礎を蔑ろにしないことなのではないかと思っています。

これから、どこの学部に行ってもデジタルに関して学べる時代が来ると思います。そのため、自分がやりたい学問をしていただければ良いのではないでしょうか。

2024年3月20日 記事公開

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