豊橋技術科学大学 土谷徹特定准教授 -若者のキャリア形成に向けたアントレプレナーシップ教育の重要性-

豊橋技術科学大学 土谷徹特定准教授に独自インタビュー

近年、大学では「アントレプレナーシップ教育」と呼ばれる起業家精神を育むカリキュラムが良く見られます。

実際、アントレプレナーシップ教育は若者のキャリア形成においてどのような影響を与えているのでしょうか?

そこでこの記事では、豊橋技術科学大学の土谷徹特定准教授に、若者のキャリア形成に向けたアントレプレナーシップ教育の重要性についてお話を伺いました。

独自インタビューにご協力いただいた方
土谷徹特定准教授

豊橋技術科学大学 研究推進アドミニストレーションセンター
アントレプレナーシップ教育推進室 副室長
土谷 徹(つちや とおる)特定准教授

1991年3月に豊橋技術科学大学大学院電気・電子工学専攻修士課程を修了。2000年6月に博士号を取得。

修了後は富士フイルムにてライフサイエンス関連システムの研究開発などに従事。写真フイルム事業崩壊から第2創業という変革期を経験する。

2011年12月に豊橋技術科学大学エレクトロニクス先端融合研究所特任准教授を経て、2013年12月より現職。

目次

若者のキャリア形成におけるアントレプレナーシップ教育とは

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:まず初めに、アントレプレナーシップとは何かについてお伺いできますか?

土谷特定准教授:そうですね。アントレプレナーシップと聞くと「起業する人のためのもの」と思っている人も多いのですが、実はまったく異なります。

アントレプレナーシップを英語に直訳すると「起業家精神」になりますが、私自身は学生に「新規事業を創出したり新しい価値を創造したりするもの」として伝えています。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:単に起業する人向けのものではないのですね!実際に、若者がそんなアントレプレナーシップ教育を学ぶことで得られるメリットというのはあるのでしょうか?

土谷特定准教授:我々も含めた教育機関の責任でもありますが、「学校にいると何でも教えてくれる」と若い方は考えてしまうし、就職しても上から指示が来るのを待っているという人も多いと思います。

皆さんご存知のように、現在はコロナ禍に突入したり、AIが発展したりすることによって、今までのように安定した時代ではなくなってしまいました。課題解決はAIが得意としているので、指示や命令があって確実に課題解決をすれば良いというわけでもなくなってきたのです。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:確かに最近はAIの発展が注目されていますよね。

土谷特定准教授:他にも、政府の対応策に対しても様々な不満があったと思いますが、課題そのものが分かっていないので、何かが起きないと対策できないという事態が起こっています。

これはコロナに留まらず、経済の低迷や少子高齢化でも同様で、「本当の課題が分からないから政府の方針を聞いても納得することができない」ということが多くなっています。

このように、不安定な現代における課題が分かっていないというのは致命的な問題です。

アントレプレナーシップ教育は、こういった時代で生き残っていくスキルを学ぶために役立つものではないかと思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:何か問題が起きる前ではなく、事前に課題に気づいて自発的に行動できるスキルを育める教育は、現代の若者にとって非常に重要ですね!

お話の中で「生き残るスキルを学ぶ」とありましたが、土谷様は実際にどのようなことを学生に教えていらっしゃるのでしょうか?

土谷特定准教授: 日本人は良い面でも悪い面でも、「未来はこうなる」というような未来予測の本などを素直に受け入れてしまいがちです。

私はそういった本を読むと、「こういう未来は嫌だ」と思います。もしも同じように少しでも嫌だと思うなら、まず「自分たちはどんな未来を作り上げたいのか」というのを描いてほしいです。

また、自分たちが望む未来を考えると、現在とのギャップが必ず生まれてくるはずです。その中から本質的な課題を発見し、解決していくことは非常に重要です。

見えない課題はたくさんありますが、「こんな未来を創るためにはこの問題を解決しなければならない」ということを考えて行動に移してほしいと学生には教えています。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部: ありがとうございます。土谷様としては、アントレプレナーシップ教育を受けた学生には「こういったキャリア形成をしてほしい」というような希望はあるのでしょうか?

土谷特定准教授:キャリアというよりも、未来志向・本質思考力を意識していろいろな経験を積み、物事の本質をしっかりと考えてほしいです。

また、卒業してすぐ起業する学生もいますが、1回は民間企業で働いて社会や会社のシステムを経験することをおすすめしています。

学生の間は社会の様々なシステムが分からないので、起業する前にそういったシステムを経験しておくことは重要です。また、民間企業で働いているうちに、その会社で新しい事業を起こしたいと考えることもあります。

ですから、いろいろな経験をして、いろいろな視点を持ち、いろいろな取り組みができる人間になってほしいと思います。

アントレプレナーシップ教育における教育機関の役割と課題

一般社団法人日本スポーツ広告協会:アントレプレナーシップ教育において教育機関は重要ですが、実際に教育機関が果たすべき役割とは何でしょうか?

土谷特定准教授:そうですね。「考えさせる教育」をして、いろいろな経験を積ませることが教育機関の役割だと思います。

一般論ではありますが、今の若い人の中には考えない人が多くなってきています。社員教育もそれに合わせて変わってきていて、1から10まで教えるのではなく、1から20ぐらいまで教えないとダメだという会社も増えてきているんです。

もちろん、会社には利益を上げて潰れないようにするという都合があるので、教育機関で「考えさせる機会」というのを作っていくことが重要だと思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:「考えさせる教育」と聞くと難しく感じます。実際に、どのような問いかけやプログラムを通じで学生に「考えさせる機会」を与えているのでしょうか?

土谷特定准教授:そうですね。例えば、「すき家」という牛丼屋がありますよね。私は、「すき家の競合はどこになりますか」という質問をたまにします。実際、どこだと思いますか?

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:松屋などの牛丼屋やファーストフード店全般でしょうか。

土谷特定准教授:やはり学生でも牛丼屋、吉野屋や松屋と答える人が多いですが、私は「本当にそうか」と考えさせます。

さらに、これと比較して「セブンイレブンの競合はどこだ」という質問もするんです。多分想像している通り、セブンイレブンの競合はファミリーマートやローソンとかになりますよね。

これはAIに聞いても同じような回答になります。ただ、私はそこからもう一歩踏み込んで、すき家はどこにあるとか、吉野家はどこにあるとか、松屋はどこにあるかと聞きます。

そうすると、どの店舗もあまり近くにはないんですよね。これは都内関東に行っても同じだと思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:確かにそうですね。コンビニとはまた違うと思います。

土谷特定准教授:そうなんです。コンビニはどこにあるって言ったら、数えきれないほどありますし、コンビニの近くに新店舗を出すこともありますよね。そのため、コンビニの競合はコンビニと言えるのです。

しかし、すき家の競合となった場合、近くに牛丼屋はありません。すき家が満席だったら他の牛丼屋を探すのではなく、ファーストフードやラーメン店といった割と回転が速くて、そこそこの量があって、そこそこ安いところを選ぶと思います。

そうなると「競合は本当に牛丼屋か」と聞くと「違います」という風になるんです。

日本人は素直すぎる面があります。だからこそ、様々な場面を考えたり、自分はどう思うのかを引き出したりすることで、いろいろなことを考えさせるようにしています。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:ありがとうございます。確かに、何かを主張する際には一般論を持ち出してしまいがちですが、自分の経験を踏まえることは重要ですね。

土谷特定准教授:そうですね。小さい世界に入りがちになってしまうと思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:考えさせる教育をすることは教育機関の重要な役割と伺いましたが、実際アントレプレナーシップ教育をする上で教育面における現状の課題というのはあるのでしょうか?

土谷特定准教授:考え方が偏ってしまうことは良くない点だと思っています。

例えば、毎年決まったことを教えるならAIが先生をやれば良いと言う人がいます。このように、「従来の教育は必要ない」という意見がかなり多く出ているんです。

私は、この考え方は非常に危ないと思います。義務教育はそれなりの価値があるので、これまでと同様にしっかりやった方が良いと考えているのです。

よくWordやSNSで皆さん漢字変換を使うかと思います。この時、いろいろな候補が出てきますが、それが正しいか正しくないかを判断できるのは、基礎学力や基礎知識があるからです。

だから、今までの教育が全くいらないかと言われると、そうではないですよね。AIも全部が正しいとは限りません。正しさを判断するためには教養が必要です。

ですから、こういった点をしっかりと意識して考えが偏らないようにする必要があると思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:考えの偏りは中々自分では気付きにくい部分ではありますよね。

土谷特定准教授:他にも、アントレプレナーシップ教育を受けている学生や起業したい学生の中には、大学の授業や研究をおろそかにする人が非常に多いです。

私たちは東海地区で活動していますが、ここ5年間の学生の起業数は300以上にも上ります。しかし、その中で成功したのはたった2つです。

成功した学生の特徴は、研究をしっかりやっていることでした。自分たちの研究が事業の柱になる、いわばネタを持っている学生は成功する傾向にあります。

やはり、「○○したいから△△は放棄して良い」と単純に考えることがないよう、我々教員も極端な考え方をしないで様々なことを教えるようにしていくべきだと思っています。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:物事の本質を考えるうえでいろいろな視点を持ってほしいというお話があったように、研究もその基礎の1つとなるのですね。

考えの偏りをなくすという点で言うと、アントレプレナーシップ教育において教員自身の教育も今後大事になってくるのでしょうか?

土谷特定准教授:もちろんです。やはり、従来の枠から抜け出さないといけないという考えはありますね。

特に、未来志向や課題をそのまま捉えるのではなく、少し深堀して本質のところまで踏み込んでいくことは従来やってこなかった点です。

教員も「やったことのない世界」に入り込む必要があるので、そこはある程度の教育やレクチャーが必要になってくるのではないかと思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:やったことのない世界に入り込むうえで、土谷様が学生から学び、深堀できたり視点を広げられたりした経験はあるのでしょうか?

土谷特定准教授:たくさんあります。授業の中でちょっと面白いネタが出てくることも多いので、いろいろな新しい気づきがあります。

他にも、学生には考えが偏ってほしくないので、大学の外のプログラムに参加するようにしています。その中で1番勉強になっているのは、学生が「チームで話し合う時にどうしても話を聞いてもらえない」と相談してきて、「先生ならどういう風に添削しますか」と問われる時です。

そういった添削は私自身も勉強になっていて、事例研究の1つとして活用しています。ですから、学生との交流はもちろん、いろいろな所での交流はすごい勉強になりますね。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:アントレプレナーシップ教育をする上で、教える側の方もどんどん柔軟に交流していくことが求められているのですね。

アントレプレナーシップを身に着けるためのステップとは

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:アントレプレナーシップが重要だと分かっていても、実際にどうやってその精神を身に着ければ良いのか分からない方も多いのではないかと思います。

そこで、土谷様が考えるアントレプレナーシップを身に着けるために必要なステップがあれば教えていただけますか?

土谷特定准教授:そうですね。現在はいろいろな大学がアントレプレナーシップ教育を始めているので、まずはそれを探してみると良いと思います。

また、私はよく「自己改革」をした方が良いと学生には伝えています。具体的に言うと、自分を変えたいなと思ったらSNSで少し探してみるというのがおすすめです。簡単なものでも良いので、自己改革のプログラムに参加してみるのも良いかと思います。

他にも、学生にすごく効果があったと感じるのは、自分の強みや弱みを知ることです。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:就職活動でも自己分析の一環として自分の強み・弱みを書き出すことはよくありますよね。

土谷特定准教授:そういった強み・弱みは他人から見ると全く違うこともあります。しかし、コーチングを受けることによって自分の強み・弱みを理解することができるので、次へのステップが一歩踏み出せるようになると思います。

ですから、アントレプレナーシップを身に着ける1つ目のステップとしては、大学のカリキュラムに参加し、自分を変えてみたいと思ってSNSで調べることになるのではないでしょうか。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:カリキュラムや自己改革を通じて基礎的な部分を学んだら、次にどうすれば良いかという2歩目のステップはあるのでしょうか?

土谷特定准教授:もちろんです。自己改革ができれば前向きになれると思うので、そこから未来をどう作っていくのか、どんな未来が良いのかということを考えてみてほしいと思います。

そうすると、そこから本質的な課題を見つけ、その課題を解決するためのアイデアを出していくなど、プロセスが生まれてきます。

さらに、ビジネスアイデアが出てきたらビジネスプラン作りをして、そのプランが本当に有効かどうか仮説検証や実践を繰り返していくことが重要です。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:ビジネスプランの実践までを大学生のうちに行うのですね!

土谷特定准教授:私の場合は、資金を与えて実際に商売させるようにしています。サブスクリプションでキッチンカーを借りて、目標金額などを設定してもらうことも考えています。

儲けた金額は資金分返してもらうことになりますが、実際に計画して商売することは重要です。他にも、余裕があったら株をやってみるようにも伝えています。

株は経済や会社の動向を調べないと中々うまくいかないものなので、それも勉強の一環として学生たちにやらせています。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:実際にキッチンカーを借りて商売してみるなど、学生の内から実践経験を積めるのは非常に貴重な環境ですね!

土谷特定准教授:そうですね。私は「学生の立場だったらこれをやってみたい」「学生と一緒にやる気になるのはどうしたら良いか」ということを考えて活動しています。

まず自分がこれをやりたいなと思うことを学生が共感してくれるのかを調べ、共感してくれたら「よしやろう!」という流れになっています。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:一方的な教育ではなく、一緒に作り上げていく姿勢は学ぶ立場からしても嬉しい点ですよね。

最後に、大学生に限らず、今の若者に向けて土谷様からメッセージをいただけますか?

土谷特定准教授:まずは、学ぶことと考えることを放棄せずに大事にしてほしいです。また、失敗に対して勇気をもって前に進んでほしいと思っています。

「失敗の哲学」というものがありますが、「成功の反対は失敗ではない、何もしないことだ」や「失敗を恐れて何もしないことがそもそもの失敗である」という言葉があります。

そういった言葉や考えを少し意識しながら、将来に向かっていろいろ取り組んでいただきたいです。

[2024年3月18日 記事公開]

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