慶應義塾大学 山本勲教授 -経営者の視点から見たウェルビーイングの重要性-

慶應義塾大学 山本勲教授に独自インタビュー

ウェルビーイングとは、個人が肉体的、精神的、社会的に満たされた状態のことです。近年は、そんなウェルビーイングについて多くの経営者が注目しています。

そこでこの記事では、慶應義塾大学の山本勲教授に、経営者の視点から見たウェルビーイングや、ウェルビーイング向上のために経営者に求められるスキルについてお話を伺いました。

独自インタビューにご協力いただいた方
山本勲教授

慶應義塾大学 商学部 教授
山本 勲(やまもと いさむ)

慶應義塾大学経済学部附属経済研究所・パネルデータ設計・解析センター長。

1995年、慶應義塾大学大学院商学研究科修了、2003年、ブラウン大学より経済学博士号(Ph.D.)を取得。
1995年に日本銀行入行、2005年から金融研究所企画役を務める。慶應義塾大学商学部准教授を経て、2014年より現職。

専門は応用ミクロ経済学、労働経済学。労働時間や技術革新をはじめとしたテーマについて、企業や労働者の多様なデータを用いた定量的な研究を行っている。

主な著書として、『人工知能と経済』(編著)勁草書房、2019年、『実証分析のための計量経済学:正しい手法と結果の読み方』中央経済社、2015年、『労働時間の経済分析』(共著)日本経済新聞社、2014年。

目次

経営者から見たウェルビーイングとは

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:それでは最初に、経営者から見たウェルビーイングとは何かということについて教えていただけますか?

山本教授:ウェルビーイングの定義というのは様々ありますが、精神的、肉体的、社会的に満たされた状態のことです。その中で経営者から見たウェルビーイングとなると、「従業員が少しでも良い状態で働けているか」だと考えています。

近年は働く人の価値観が多様化してきているので、それぞれの価値観に企業が向き合わなければなりません。ただ、様々な側面の多元的な価値観に企業が経営として取り組むのは非常に難しく、それがうまくいっているかどうかも判断しにくいという問題があります。ウェルビーイングは、そういった問題を解決する指標の1つになるのです。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:ウェルビーイングは組織を構成する上で非常に重要なのですね。具体的に、企業はウェルビーイングを指標としてどのように活用していけば良いのでしょうか?

山本教授:例えば、従業員全員のウェルビーイングが良い状態であれば、企業側が皆のニーズを満たしていると考えられます。反対に、もし誰かのウェルビーイングが落ち込んでいれば、それをヒントにしてマネージャーが状態を確認し、課題解決をサポートすることができます。

このように、ウェルビーイングを指標として利用することによって、各従業員の課題に対処しやすくなるのです。言ってしまえば、ウェルビーイングは使い方によって非常に便利な指標になるものだと思います。

経営者が直面するウェルビーイングの課題と解決方法

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:価値観の多様化と昨今の労働環境の変化には関係性があると思うのですが、こういった変化の中で経営者が直面するウェルビーイングの課題というものはあるのでしょうか?

山本教授:経営者だけでなく経済全体に関わる課題となりますが、「ウェルビーイングの重要性をきちんと認識できているか」は大きな問題だと思います。

最近は、コロナ禍でウェルビーイングの重要性が再認識されました。健康を一つとってもそうですが、健康な状態で働き続けられたり、他者と協力しながら生き生きと働けたりなど、ウェルビーイングを満たしてくれるような企業への評価が高まっているのです。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:確かに、ライフワークバランスが取れている企業は、多くの方から人気がありますね。

山本教授:しかし、現在はそういった変化にいち早く気づいて、ウェルビーイングが高まるような経営を行っている企業と、ウェルビーイングの重要性に気づいていない企業が二極化しつつあります。

こういった二極化がなくなれば経済全体も良くなっていくので、まずは「自分の企業はウェルビーイングを重視できているのか」を意識すること、ウェルビーイングの重要性に気づくことが大事になるでしょう。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:もし経営者がこれからウェルビーイングの重要性に気づいた場合、具体的にどんなことを意識するべきなのでしょうか?

山本教授:ビジネスモデルの転換、もっと詳しく言うと従業員の使い方を意識することが大事だと思います。

伝統的な日本のビジネスモデルというのは、画一的に長時間働いて、企業の収益を上げてもらうということが一般的でした。もちろんそれは間違っていませんでしたが、現代でもそのビジネスモデルが通用すると考えている経営者の方も結構多いのではないかと思います。

現代的な企業の多くは、昔のビジネスモデルではダメだということで、ビジネスモデルを徐々に変えつつあります。従業員が大事ならたくさん働かせるのではなく、生き生きと健全・健康に働いて生産性を高めていく、つまり時間よりも効率性で勝負しているのです。

そういう意味では、単に従業員を働かせることが正解というわけではなく、生き生きと働いてもらうことによって生産性を高めていくという、従業員の活用方法を見直す必要があると思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:従業員全体が生き生きと働けるのは理想的な職場環境ですね!では、実際にそのような環境を作るためには、どのような取り組みが必要なのでしょうか?

山本教授:従業員の満足度調査やエンゲージメントサーベイ、ストレスチェックなどを行うことで、「ウェルビーイングの見える化」をしていくべきだと思います。

他社と比較して施策を考えることも重要ですが、何より調査を通じて従業員のエンゲージメントがどのように変化しているのかを意識することで、ウェルビーイングの落ち込み具合やその原因を知ることができると思います。

ウェルビーイングが見えるようになれば、それを基にして専門家とも相談できるようになるので、「見える化」のための取り組みを大事にするべきなのではないでしょうか。

ウェルビーイングとテクノロジーの関係

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:お話の中で、時間を効率的に使うことが重要視されているとありました。近年はAIやDX推進が注目されていますが、こういったものを活用することによる影響はあるのでしょうか?

山本教授:そうですね。AIなどの新しいテクノロジーをうまく活用することによって、単純な業務作業などを省き、効率的に仕事ができるようになると思います。

反対に、AIには難しいとされるコミュニケーションを取りながら行う仕事の比重は高まっていくので、難しいけれどやりがいがある、エンゲージメントなどのウェルビーイングが高まる仕事が出てくるのではないかと言われています。

また、DXは労働時間の削減に繋がります。単にデジタル化するのではなく、仕事の進め方を変えながら生産性を高める目的で推進することによって、生産効率は大きく上がりウェルビーイングが良くなる効果が出てくるのではないかと思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:テクノロジーを上手に活用することが、ウェルビーイングの向上に繋がるのですね。ただ、テクノロジーをうまく活用することは結構難しいようにも思います。

実際、こういった活用方法が上手で、逆にこういったAIの活用は避けるべきだということはあるのでしょうか?

山本教授:AIは決して万能ではなくて、活用できる場面とそうでない場面があります。大事なのは、そこを見極めることです。

例えば、繰り返しの多い作業はAIが得意としているので、そういった点はAIに任せても良いでしょう。また、どんなシステムを入れるのか、プログラムを書くのかは専門家に任せてしまって問題ありません。

ただ、最も大事なのは、現場のビジネスの中でどこをAIに任せられるかを見定めるという点です。ここに関しては、AIに関する専門的なスキルよりも、リテラシーのほうが重要になってくると思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:専門家がいれば大丈夫だという安心感は確かにありますが、現場の知識は会社を運営していく中で絶対に欠かせない点ですよね。

山本教授:専門家を連れてきて、「うちの業務のどこかにAIを入れて効率化してください」と依頼しても、専門家には現場の知識がないので、間違ったシステムを作ってしまいがちです。こうなると、せっかく導入したAIも使われることなく、持て余してしまうことになります。

こういった事態を避けるためにも、AIのリテラシーとドメイン知識(業務知識)を持っている人材は非常に大切です。

企業はバリバリ働いている人やスキルのある人にAIに関するリテラシーを学んでもらい、どういう風にすれば効率化できるのか、或いは新しい付加価値を付けられるのかを見極めてもらうことが、AIの効果的な活用方法だと考えています。

日本の企業と海外の企業のウェルビーイング経営について

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:お話の中で日本企業のビジネスモデルについて説明していただきましたが、海外の企業と日本企業のビジネスモデルは大きく異なっている印象があります。

実際に、海外の企業によるウェルビーイングの施策などは、日本企業と違う点があるのでしょうか?

山本教授:私もそれほど外資企業の施策に詳しいわけではありませんが、大きな違いはないと思います。

ただし、ビジネスモデルを比べてみると、日本企業の場合はだいぶ傾向が弱まってきたとはいえ、日本的雇用慣行というものが残っていて、比較的長い期間1つの企業で働くのに対し、海外企業では従業員が様々な企業を渡り歩いていくというような違いがあります。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:確かに、「終身雇用は崩壊した」という言葉を耳にすることもありますが、長期的な雇用関係が完全になくなったわけではないように思います。

山本教授:海外企業は良い人材に来てもらいたいので、ウェルビーイングを高めようとします。

もちろん、働いている間にもウェルビーイングを高め、生産性の高い状態で働いてもらうというのもあります。しかし、良い人材に来てもらって比較的長く良い働きをしてもらうという視点でウェルビーイングの施策を行っているというのが多いでしょう。

反対に、日本の企業は長い期間良い状態で働いてもらうことを目的にウェルビーイングを高めようとします。

例えば、配置転換をする中でウェルビーイングが高い状態を維持できているのか調査したり、キャリア開発のためにどのようなスキルを積むべきか話し合ったりなど、1人の従業員に対して長期的な視点でウェルビーイングを高めていくという視点が求められています。

このように、短期的な視点だけではなく、長期的な視点でウェルビーイングの向上を求められるのは大変なのかもしれないと思います。

一般社団法人日本スポーツ広告協会編集部:ありがとうございます。最後に、長期的な視点でウェルビーイングの施策をするにあたって、山本様が大切にすべきと考えていることがあれば教えていただけますか?

山本教授:「見える化が大事」という話にも繋がりますが、ウェルビーイングの変化をきちんと見ることが大切だと思います。

経営者からすると、従業員のウェルビーイングはずっと良い状態でいてほしいものです。しかし、ウェルビーイングは途中で落ち込むこともあるので、そういった時にフォローするためにも変化に注目しておく必要があります。

また、ウェルビーイングを高めるためには、落ち込んでいる原因を話し合ったり、課題解決のためにサポートしたりすることが必要です。他にも、長期的なその人のキャリア形成やスキルの身に着け方などを一緒に考えるのも有効でしょう。

このように、本人に任せるだけではなく、マネージャーが一緒になって考えていくというような施策も大事になってくるのではないでしょうか。

2024年2月22日 記事公開

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